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■ 2013年01月:KEY WORD 2012年

今年も残り僅かになりました。TVや新聞紙上で今年の重大ニュ-スが報道されています。私も個人的に今年一年を振り返って見たいと思います。3・11を震源地の石巻市で迎え、地獄図を目の前にした経験から、一日も早く復興してもらいたいと思い、今年は東北地方への「買い物ツアー」に何度も参加しました。私達の散財は微々たるものですが、地元の人達を元気付けられればとの思いで参加しました。会社としても、福島県南相馬市立太田小学校に「出張理科実験」に行き、生徒さん達に元気を与えることが出来ました。この実験は太田小学校のPTA会長さんと教頭先生からのOfferで実現しました。教頭先生は子供達に元気を与えたいと思い理科実験を思いついたのですが、放射能の関係で、依頼した先に全て断られ、困って当社に電話してきました。太田小学校は震災前の全校生徒数が130名でしたが、現在半分以上の生徒が他地域に避難していて、多くの先生達の家も立ち入り禁止区域になっています。それでも生徒全員無事だったことが何よりだったと教頭先生は話されていました。実験は3つ行いましたが、中でもジャンボシャボン玉(生徒がシャボン玉の中に)は大いにうけました。約4時間でしたが「生徒達は普段の授業では見せない生き生きとした顔だった」と言っていただきました。本当に元気になってもらいたいと思います。

私達は2005年と2007年にカンボジアに小学校を寄付しました。まだ年月は浅いですが、建設の材料が殆ど中国製のせいか校舎の傷みが激しいとのことで、今年、修理の依頼がありました。学校建設はOIRON通信でも紹介しましたが、我々が建設した学校は電気も水道も無く、生活インフラが不備な地域にあります。修理費用は約90万円。円とリエル(カンボジア通貨)の交換レートは約50倍です。寄付集めに奔走して、修理することができました。プレゼントした学校から国会議員が選出され、豊かな国に成ることを祈っています。

今年の最大の悲しみは、かけがえのない友を亡くした事です。11月15日午後3時40分私の携帯電話が鳴りました。電話の相手は友人のお嬢さんでした。「父が早朝亡くなりました」と伝える彼女の涙声に、私は一瞬息が詰まり、涙が止まりませんでした。同業塾人として、最も塾人らしい人を亡くしてしまいました。彼との付き合いは約30年前、埼玉県に塾の組合として「学習塾全国協議会埼玉支部」が創立された時からでした。寡黙な中にも時々照れながら冗談を言う彼の姿は、私の脳裏に強く焼き付いています。

彼は中学3年生の時、浦和高校(県内トップ校)を受験しました.担任の先生からも「絶対大丈夫合格する」と言われていましたが、不合格の通知。人生で最初の挫折を味わいましたが、二次募集で県内の商業高校に進学しました。彼は体験からいつも「試験には絶対はあり得ない」「学習のやり過ぎはない」「試験には油断と言う魔物が住んでいる」と言っていました。塾人になってからも生徒が不合格になると、生徒に力を付けられなかった自分の責任だと落ち込んでいました。商業高校に進んだ彼は、高校3年生の時に日商簿記検定1級に合格しました。社会人でもなかなか合格しない難関検定に高校生が合格した事で、新聞に顔写真入りで大きく掲載されました。彼は、商業高校に進学した時点で商業高校の特典を生かしたかったと言っていました。卒業後は中央大学に進み、大手証券マンとして勤めました。

3年前、胃がんの宣告を受け、余命6ヶ月と言われました。今年の6月に、お茶を飲めるようになったからと待ち合わせをして、喫茶店で話しました。彼は帽子を被っていましたが、帽子をとると薬の副作用で・・・眉毛も同じです。私は涙をこらえるのに苦労しました。約2時間話しましたが、別れてから駅のトイレに駆け込み大声で泣きました。9月に逢った時は、私も心臓に爆弾を抱えていますので、大晦日に一年命を貰った事に感謝の電話をするからと別れました。健常者の方には理解できないでしょうが、私は毎年大晦日に「今年もありがとう。来年もよろしく」と自分自身と体に言い聞かせていました。享年58歳。逝くには早すぎた友の冥福を祈ります。(典)

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あきらめたらあかん/伊藤典男 著

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