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■ 2018年11月:KEY WORD 〜時代〜

 私の元に「定年退職しました」とのハガキが届きました。彼は、私が初めて融資を受けた、第一勧業銀行(現みずほ銀行)の松戸支店に勤務していた担当者で、胸に掲げた、ネームカードには金子と書いてありました。金融機関ではまだ塾が認知されていない1975年12月、独立して2年の29歳の年の暮れでした。資金が枯渇して、どこの銀行・信用金庫からも融資が得られなくて、万事休すの時、飛び込んだのが松戸支店でした。その時、初めて事業計画書に目を通し、支店長まで話を通してくれたのが金子さんでした。融資の手順、身上書を印象良く書く方法を教えてくれたのも金子さんでした。私より4歳年下だったと思いますが、メガバンクの職員だけに頭の切れる方でした。松戸市に6教室展開していた時、経理部門の相談に乗って貰いました。その後、我が社は本社を春日部に移し、彼も転勤で松戸を離れました。ここ数年は年賀状だけの付き合いでした。ハガキには松戸支店でのこと、出向先のこと、再度銀行に戻ったことなど彼の人生が書かれていました。今後は趣味のゴルフと家庭菜園を楽しむらしいです。私の心の中では、「お疲れ様」と「ありがとうございました」の言葉を添えて、共に一つの時代が終わった感じがしました。

 今年も、毎日新聞埼玉支部と県私立中学高等学校協会は、県内の私立中学・高校が進学相談に応じる「第32回埼玉私立中学高校展」を熊谷・川越・さいたまのそれぞれの会場で8月~10月にかけて開催しました。中学受験生・高校受験生が、各学校のブ-スを訪れて、個別に学校の特徴・入学後の説明を親御さんと相談できる場です。このような相談会は、埼玉東部にある学習塾が40年前に行なった「進学相談会」が原型になっていると思います。埼玉東部の12塾が春日部市民文化会館に私立校を招待して、塾生・保護者の個別相談をやっていました。1回目は苦戦しました。埼玉県内で参加してくれた私立校は3校、栃木県内は1校、都内は3校でした。塾がまだ認知されていない時代で、私立校としては、中学校との関係があり、足が重かったのでしょう。回を重ねるごとに、埼玉県内の私立校の半分以上、栃木県内4校、都内は5校が参加を表明してくれました。参加校が増加した大きな原因として、受験生の減少、成績上位者の早期獲得がありました。会が定着した頃には、会場費を負担するからブ-スを広くして欲しいとの要望があり、会場の2F・3Fを全日借り、参加生徒数も1,200名を超えました。2000年に入ると、受験生の減少は益々進み、近隣の公立校も参加の打診があり、私立・公立校が受験生に対して、自校をアピ-ルする場になりました。埼玉県内では業者テストの偏差値が一つの合格の指針になり、生徒の中には業者テストの偏差値・通知表を持参して自分を売り込む生徒もいました。会場は活気に満ち、生徒の手には複数校のパンフレットが握られ、熱心なご家庭は生徒と両親が一緒にブ-スを訪れたり、生徒と両親が別々のブ-スでより多くの情報を集めたりして、学校選択には熱心でした。上位校と称される学校の偏差値は高く狭き門です。私立高校においては、校名を変えて、在校生の成績を上げ、有名大学の合格実績をもって成績上位校の仲間入りをする高校、高校野球に力を入れて甲子園に出場して知名度を上げる高校も出てきました。私立の高校も一つの時代が終わりました。

 第1回目の相談会を共に企画した塾も次々と廃業・倒産、これも一つの時代が終わりました。時代の終わりを上手く利用することができれば時代の寵児になれるかもしれません。

 子曰く、知者は迷わず、仁者は憂えず、勇者はおそれず。(典)

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あきらめたらあかん/伊藤典男 著

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